4. 終末の反キリストの力について



  原子力でも、平和利用すればよいものを、支配や戦争に用いると大変な破壊力になる。フリーエネルギー技術も人々の健康と繁栄のために用いれば非常に有用なものであるが、一方、非常に効果的に人々を惑わす手段として用いられ得る。 UFO、宇宙人、透明人間、光線兵器、洗脳電波、・・・ 、このようなものを用いて”自分は神だ”と宣言するのである。
  聖書には、終末に起こる「反キリスト」の台頭について、一連の警告の予告が書かれている。



  (1) バビロニアの”ミトラの光”:


  ”ミトラ”とは、東方のマニ教の”光の神”(仏教で”弥勒(みろく)”になった)で、バビロニアでは占いを伴う宗教の一派であった。古代バビロニアの遺跡で発掘された「電池」はこの儀式に用いられ、人々を偶像崇拝により支配するために、また、支配者たち自身が占いをするために用いられた。現代で言う”科学技術”が宗教的惑わしのために利用されたのである。

  この電池は、壷の中に硫酸銅(胆礬(たんばん))の水溶液を入れ、電極として銅(+)と鉄(−)を用い、それを直列に数十個もつなげたものであり、この時代にすでに「電気」が作られていたのは、いかにもバビロンらしい。硫酸銅は、銅の硫化鉱(黄銅鉱など)を積み上げて、水で湿らし空気にしばらく晒しておくと、自然に酸化されてできる。硫酸銅を強熱すると硫酸を蒸留することができるが、当時の装置では無理だったと考えられる。

       CuSO4 + Fe  →  Cu + FeSO4 
             :  0.440(Fe → Fe2++2e) − (−0.337)(Cu2++2e → Cu) = 0.777(V)の起電力

            CuS(黄銅鉱) + 2O2 + 5H2O  →  CuSO4・5H2O(胆礬)


  バビロニアは、神に反逆する、歴史に現れた「7人の王」の一人で、なおかつ「8番目」であり、終末の反キリストの「獣の国」として近い将来再び現れる、きわめて象徴的な国であり、その特徴は、新バビロニアと同じであると予想される。(黙17:9−11)
  新バビロニア(=カルデア、BC625−539)は、恐るべき軍事力により、オリエント一帯を侵略、支配し、エジプトとも抗争を続けたが、その統治の期間は意外と短い。(終末の「憤りの時」も3年半である) 新バビロニアはネブカデネザル(2世)のとき最盛期を迎えた。彼は、イシュタル門や空中庭園を築いたことで有名であるが、同時に、ユダ王国を2度の遠征で滅ぼし、大規模な「バビロン捕囚」が彼の時代に行われ、預言者ダニエルもこの時代に宦官(かんがん)として王に仕えた。この時ダニエルは、王の夢を解き明かすと同時に、典型的な「終末預言」をした。

  バビロンの名は、創世記の「バベル(混乱)」から来ている。すなわち、罪に堕ちた人間が、神に逆らって集合した場所であり、その象徴である「バベルの塔」(=ジグラットといわれる)が建設されたが、神の裁きにより、人々の言語が混乱して世界中に散らされた。(創11:1−9) このように、バビロンは、神様から独立する性質、神様に反逆する性質、人間至上主義、自分を「神」とする高慢な性質 ・・・人の「原罪」の性質、を最も強く表しているのである。このように、終末の憤りの時には、大いなる神と罪との最終的な対決が、神様によって計画されている。



  (2) 己を神とするものは罰せられる:


  さて、何ゆえ、神様は、終末の時にこのような反キリストの世界支配を計画しておられるのだろうか?それは、御国の福音が全世界に宣べ伝えられて多くの人々が信じて救われ、教会がいたるところにできた後、短い期間で教会が堕落するからである。

  「だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、まず背教が起こり、不法の人、すなわち滅びの子が現れなければ、主の日(=イエス様の再臨の日)は来ないからです。彼は、すべて神と呼ばれるもの、また礼拝されるものに反抗し、その上に自分を高く上げ、神の宮の中に座を設け、自分こそ神であると宣言します。」(Uテサ2:3、4)

  「私が「暴虐」とあなたに叫んでいますのに、あなたは救ってくださらないのですか。 ・・・・ 見よ。わたしはカルデヤ人(=バビロニア)を起こす。強暴で激しい国民だ。これは、自分のものでない住まいを占領しようと、地を広く行き巡る。・・・ その馬はひょうよりも速く、日暮れの狼よりも敏しょうだ。その騎兵は遠くから来て、はね回り、鷲のように獲物を食おうと飛びかかる。 ・・・ 自分の力を自分の神とする者は罰せられる。」(ハバクク1:2−11)

  ここで、「神の宮」とは、エルサレムのユダヤ教の第三神殿、及び、世界中のキリスト教会のことである。リバイバルの後は、教会が、神様との親しい関係を離れ、神様に反抗する傾向になる。  預言者ハバククが「暴虐」と叫んでいるのは、実に、彼の国「ユダ」内部の人々(、現在では、「教会」にも適用する”2重預言”)についてである。
  それゆえ、懲らしめのために恐ろしい終末の大艱難期を、イスラエルと多くの教会とが通らなければならないのである。



  反キリストの惑わしについて、福音書では、イエス様ご自身が、「惑わされないように」と何度も警告しておられる。また、黙示録でも、にせ預言者が大きなしるしをもって惑わすと書いてある。

  「そのとき、『そら、キリストがここにいる。』とか、『そこにいる。』とか言う者があっても、信じてはいけません。 にせキリスト、にせ預言者たちが現われて、できれば選民をも惑わそうとして、大きなしるしや不思議なことをして見せます。さあ、わたしは、あなたがたに前もって話しました。だから、たとい、『そら、荒野にいらっしゃる。』と言っても、飛び出して行ってはいけません。『そら、へやにいらっしゃる。』と聞いても、信じてはいけません。人の子の来るのは、いなずまが東から出て、西にひらめくように、ちょうどそのように来るのです。」(マタ24:23−27)

  「また、人々の前で、火を天から地に降らせるような大きなしるしを行なった。 ・・・ 」(黙13:13−15)

  「不法の人(=反キリスト)の到来は、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力、しるし、不思議がそれに伴い、また、滅びる人たちに対するあらゆる悪の欺きが行なわれます。なぜなら、彼らは救われるために真理への愛を受け入れなかったからです。」(Uテサ2:9、10)

  現在は、「引き止める者」(おそらく御使い)によって「不法の人」の到来は暫定で止められているが、神に敵対する悪の力は世にすでに隠れた形で働いている。しかしその時、それがはっきりした形で現れてくる。
  反キリストの惑わしは、直接しるしを行なう霊的なものも最終末には多く現れる(しるしを行う悪霊(黙16:14))が、初期の段階ではフリーエネルギーを悪用してダイナミックな惑わしに用いることも充分考えられる。

  先述のとおり、”UFOや反重力機器”、”透明人間”など、科学トリック、虚飾がかった惑わしはいくらでも可能である。また、人々の洗脳支配のために、”低周波電磁波”を強力に発射するだろう。 そして、「自分は神である」と公言し、人々を本当の神から引き離そうとする。
  本当の神様は「創造主」である。イエス様が「人として来られた神」であることは、奇跡、いやし、預言などの、「時間を超越した啓示のわざ」、「再創造のみわざ」によってあかしされている。なぜなら、神様は、時間を超越した存在であり、また創造主だからである。 一方、どんなに神の奇跡のように見えようとも、フリーエネルギーは「被造物」の物理原理・法則に過ぎない。 反キリストは、その高慢な性質のゆえに、これらの「被造物」を「被造物」が利用して、”自分は神である”と宣言するのである。



  反キリストの力についても同様である。 フリーエネルギーを用いた圧倒的な軍事力によって、ほしいままに世界を侵略、支配していくのである。しかし、いかに強力なように見えようとも、それは創造主なる神の力ではなく、すでに6000年前に創造された、この地に属する被造物の力に過ぎない。 神様の力はすべてを超越している。

  「私は見た。見よ。白い馬であった。それに乗っている者は弓を持っていた。彼は冠を与えられ、勝利の上にさらに勝利を得ようとして出て行った。」(黙6:2)

  「彼は、このすべての者を釣り針で釣り上げ、これを網で引きずり上げ、引き網で集める。こうして、彼は喜び楽しむ。それゆえ、彼はその網にいけにえをささげ、その引き網に香をたく。これらによって、彼の分け前が豊かになり、その食物も豊富になるからだ。」(ハバ1:15、16)

  「彼は、先祖の神々を心にかけず、女たちの慕うものも、どんな神々も心にかけない。すべてにまさって自分を大きいものとするからだ。 その代わりに、彼はとりでの神をあがめ、金、銀、宝石、宝物で、彼の先祖たちの知らなかった神をあがめる。」(ダニ11:37、38)

  反キリストにとって、戦争そのものが「とりでの神」であり彼が崇拝する神である。 そしてその略奪の道具である「引き網」とは、スメル・アッカドの神々の道具で、これは世界支配の象徴であり、終末においては、遠隔的に操作できる空中の引き網を表しているのであろう。また水分の多い人体に特定の周波数の”殺人電磁波”を当てて破裂・燃焼させるような武器も用いられるだろう。「弓」とは遠隔的な飛び道具である。 (核兵器は、後に放射能が残って略奪には向かないのでほとんど用いられず、またフリーエネルギー兵器が非常に強力な武器になるので、核兵器を使用する必要もほとんど無いだろう。)

  そして、「産みの苦しみの初め」(マタ24:8)の時に並行して、黙示録の6章にある「7つの封印のさばき」の時、第2の封印:「赤い馬(平和を奪い去る殺戮の霊)」、第3の封印:「黒い馬(ききん:小麦と大麦の値段が非常に上がる)」、第4の封印:「青ざめた馬(死とハデス)」が、この第1の封印:「白い馬(=反キリストの世界侵略)」に引き続いて出て行くのである。
  世界は、ドル暴落・証券会社や金融機関の破綻で混乱状態となってきているが、これが収まらなければ深刻な世界同時不況となり、ナショナリズムに基づく反キリスト的なファシズム国家が出現してもおかしくない状況になるだろう。すでに、異常気象による旱魃や、インドの塩害により食物自給率が大幅に下がってインドが第二の中国になる予定であり、穀物価格も上昇している。



  (3) 終末の警告と祈り:


  終末の危険は、まず教会・クリスチャンが、神様との親しい交わりをやめ、神様に反抗するようになる傾向が挙げられる。

  「不法がはびこるので、多くの人たちの愛は冷たくなります。」(マタ24:12)

  このとき、外部からの迫害もあるが、特に、内部からの背教が問題となる。「多くの」教会で、「多くの」信者が、「互いに裏切り、憎み合い」、「人々を惑わし」、そして「愛は冷たくなる」。「多くの」にせ預言者(・・・”間違い預言”のレベルではない)の出現も終末のしるしである。これらは「実によって見分ける」ことができる。(マタ7:15−27) (* しかしここで注目すべきは、このような状況にもかかわらず、実にこの時、「福音が全世界に宣べ伝えられ、あかしされる」ということである。ちょうど、「先の雨」の時代に、霊的に堕落したユダヤ人たちに迫害され、散らされたクリスチャンたちが、世界中に福音を宣べ伝えていったのと同じである。)

  宗教的にはキリスト教であるはずが、その実を否定する人々には、主による恐ろしいさばきが待っている。「主よ、主よ、という者でなく、主のみこころを行なう者が御国に入る」。主の御心を行なわない人々には、イエス様ご自身が「不法をなす者ども、私から離れて行け」と厳しく言われていることに注意。羊と山羊、麦と毒麦、穀物と籾殻は分けられる。 そして、終末のにせ預言者は、「地から」、すなわち、イスラエルあるいは教会から出て来る。(黙13:11)


  「ただ、あなたがたの逃げるのが、冬や安息日にならぬよう祈りなさい。」(マタ24:20)

  「しかし、あなたがたは、やがて起ころうとしているこれらすべてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい。」(ルカ21:36)

  (祈りではないが)「(霊的に)目を覚ましていなさい。」(マタ24:42)

  イエス様が、このように祈りなさいと教えている箇所で、多くの教会が見逃している部分がある、すなわち、終末への備えの箇所である。これには”にせ教理”・・・”艱難期前携挙説”がその原因であろう。しかし、福音書でイエス様ご自身が、「(終末の備えのために)祈りなさい」と言っておられるのである。


  「あなたが、わたしの忍耐について言ったことばを守ったから、わたしも、地上に住む者たちを試みるために、全世界に来ようとしている試練の時には、あなたを守ろう。」(黙3:10)

  また、終末の試練(ここでは”誘惑”と言うよりは”試練”、”艱難”のこと)から守られる教会は、全地の7つに分類された異邦人教会(黙2、3章)のうち、フィラデルフィヤ教会だけである。
フィラデルフィヤとは「兄弟愛」の意味であり、また、テサロニケ教会は「兄弟愛」によって特徴付けられる教会である。(Tテサ4:9) 神様を愛することは、具体的には兄弟をも愛することである。(Tヨハ4:20、21)


  (参考) U・C−1 ヨハネの黙示録の概要


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